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ボブ・ディラン全詩集 1962-2001
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| 商品カテゴリ: | アート,建築,デザイン
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| セールスランク: | 94770 位
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買いです。
長年親しんできた片桐ユズル訳をすべて中川五郎の新訳に改めた改訂版ですが、晶文社から出ていた部分についてはそのまま残すか、もしくは監修という形で今回の訳者の微調整くらいにしておいて、その先を中川五郎訳が引き継ぐようにできたらそれが理想的だったような気もします。また、初期の歌やコンサートのパンフレットに載せた文章等のなかにも、本書からもれてしまったものの、詩として、あるいは文章として好きなものも多かったので、それもまた残念でした。詩そのものの素晴らしさについては、言葉を尽くすとかえって贔屓の引き倒しになりそうなので、控えさせていただきます。
言説としての詩の意義
いまさらディランの詩人としての評価など議論しても仕方ない。彼は詩人なのだ。かつ語り部であり歌い手でもある。書かれたものとしての詩がその威力を最も発揮するのがディランの声によってパフォーマンスとして発せられた時であるのも事実である。ここでの評価は原版(原詩)に対してである。 Dylan自身による書物としては「Chronicles Vol.1」、「Tarantura」、画集「Drawn Blank」の3つがあるが( Desolation Row, Man gave names to the all animalsの詩をモチーフにした絵本もあるが)、これらの書物によって われわれはDylanの声を通してではなく「書かれたもの」として彼の詩を目の当たりにすることになる。それは「歌」であるべき彼の詩を「ことば」として直視することであり、Leonard Cohenなども同様であるが、現代において詩人であり続けることの尊さを彼の詩集は実感させてくれる。 ディラン詩集は当然必携である。しかしながら、この訳本に関しては各アルバムのタイトルも詩自体についても、ほとんど訳詩と言えないほど原詩のニュアンスから程遠い訳である。基本的な翻訳の視点を何においているのか首をかしげたくなる。われわれは、邦訳からディランの詩を解釈する気など毛頭ないのだから、翻訳者の考えなど余計な因子は可能な限り拝し、ディランの詩自体を伝える「日本語」訳が望ましいのである。誰も翻訳者にもその「訳詩」の価値にも全く興味ないのだから。 そろそろ、ディランというノーベル文学賞候補者の詩集に対する真摯な翻訳姿勢が必要であることを痛感する。そうでなければ、偉大な文化に対してとんでもない誤謬をきたすことになる。 原版の方が安価で装丁もきれいで、かつ邪魔になる場合すら感じられる訳もないので、原版の方をお勧めする
ソフトバンククリエイティブ
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